謎は全て解けた

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「というわけで犯人はあなたです、田中さん」

トリックを暴かれた田中は、その場にがくりと膝をついた。もはや反論の余地もない、完全な敗北であった。小さなペンションの1室。探偵が語る事件の顛末に耳を傾けていた他の宿泊客たちの間から、はあ、と、脱力とも安堵ともつかぬため息が漏れた。

「全てあんたの言った通りさ……。そうだ、犯人は俺だ」

 田中の顔には、うっすらと自嘲の笑みが浮かんでいた。

「なあ、最後に教えてくれよ探偵さん。偽装は完璧だったはずだ。それなのになぜ、この部屋が本当の犯行現場だと気付いたんだ?」

「朝食ですよ」

探偵はこともなげに答えた。

「被害者である鈴木さんの朝食のプレートには犯行の痕跡が残ってしまった。だから田中さんはそれを自分のものと交換した――そうですね?」

「ああ、そうだ。けどそれが何だ? 朝食の内容に違いはなかったはずだ」

「果たしてそうでしょうか?」

 探偵は笑みを浮かべると、宿の女主人に目配せをした。

「お願いします、加藤さん」

加藤はひとつ頷くと、小走りに部屋の外へと向かって行った。

「……?」

困惑する田中と宿泊客たちの中で、ひとり探偵だけが涼しい顔をしている。やがて戻って来た加藤は、切り分けたパンを載せた2枚の皿を携えていた。

「皆さんにお集まりいただく前に、加藤さんにはこのパンの用意をお願いしていたんですよ。ほら、食べてみてください田中さん」

田中は怪訝そうな顔で、1つめの皿から手に取ったパンを咀嚼した。そして2つめのパンに噛り付くと、驚きに目を見開いた。

「こ、これは……?」

「もうお分かりでしょう? そうです、田中さんのパンにはバター、鈴木さんパンにはオリーブオイルが使われているのです。この部屋に足を踏み入れた時に抱いた微かな違和感、その正体はこのパンから発せられるバターの香りだったのですよ」

パンのひとかけらを口に放り込みながら、探偵は言った。

「おや、塩加減も違うみたいですね」

「何てことだ……。それじゃあ俺は、自分で痕跡を残してしまったってことか」

「そうですね。もしも交換したのがプレートの汚れた部分だけだったとしたら、――あるいは、事件の全容を解明するには至らなかったかもしれません」

 ああ、と呻いて頭をかきむしる田中。その姿を傍らで見ていた加藤が、意を決したように一歩踏み出した。

「田中さん。……どうして、こんなことを」

「憎かったのさ、アイツが」

両手を頭にあてたままで、田中は呟いた。

 「いつだってちやほやされるのはアイツだ。加藤さんも、アイツのことばかり気にかけていただろう?」

 「そんなこと」

 静かに首を振る加藤を見て、田中は肩を震わせる。

 「違うとは言わせない。パンのことだってそうだ。アイツだけ、――鈴木にだけ特別なパンを用意していたんだろう?」

 「違います」

 加藤は、田中の言葉を鋭く遮った。

 「鈴木さんだけ特別だったわけじゃありません。お客様には皆、別々のパンを出していたんですから」

 「今更そんな嘘を……! あんた一人でそんなことができるわけがないだろう。近くにパン屋もないっていうのに」

 俄かに激昂した田中に対して、加藤はどこまでも落ち着いていた。加藤は懐からスマートフォンを取り出すと、その画面を見せるように田中の方へと差し出した。そこには「パンフォーユー」というサイト名が表示されていた。

 「通販なんです、オーダーメイドの。リピーターの方がいらっしゃるときにはいつも、お客様の好みに合わせて注文していたんです。田中さんはバター、お好きでしょう?」

 「……!」

 「大切なお客様なんです、皆」

 加藤は田中の目を見据え、静かに言った。

 「田中さん、あなたも。」

 田中はハッと息をのむと、しばしの沈黙ののち、やがて嗚咽を始めた。

 遠くからサイレンの音が聞こえる。ペンション加藤で起きた事件は、こうして幕を閉じたのであった。

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